最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)906号 判決 1969年7月08日
上告人
若松栄
代理人
田辺俊明
被上告人
岩永キク
主文
原判決を破棄し、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人田辺俊明の上告理由について。
原審における上告人の主張によれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金等請求事件において、裁判外の和解が成立し、上告人において和解金額を支払つたため、上告人に対して右訴を取り下げる旨約したにもかかわらず、右約旨に反し確定判決を不正に取得し、このような確定判決を不正に利用した悪意または過失ある強制執行によつて、上告人をして右判決の主文に表示された一三万余円の支払を余儀なくさせ、もつて右相当の損害を負わせたので、上告人は、被上告人に対し右不法行為による損害の賠償を求めるというのである。
これに対し、原審は、右確定判決は当事者間に有効に確定しているから、その既判力の作用により、上告人は以後右判決に表示された請求権の不存在を主張することは許されず、再審事由に基づいて前示判決が取り消されないかぎり、右確定判決に基づく強制執行を違法ということはできない、したがつて、右強制執行の違法を前提とする上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくその理由がないとして、右請求を排斥している。
しかしながら、判決が確定した場合には、その既判力によつて右判決の対象となつた請求権の存在することが確定し、その内容に従つた執行力の生ずることはいうをまたないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によつて相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行ない、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合においては、右判決が確定したからといつて、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれはなく、これによつて損害を被つた相手方は、かりにそれが右確定判決に対する再審事由を構成し、別に再審の訴を提起しうる場合であつても、なお独立の訴によつて、右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである。
本件において、原審の確定するところによれば、被上告人は、上告人に対する別件貸金請求事件において、請求債権を一部免除したうえで右訴を取り下げる旨の和解をし、右約旨に従つた弁済を受けたが、右訴の取下に関する債務を履行せず、自己の訴訟代理人に対してこの事実を告げなかつたため、右訴訟の手続は、その後に開かれた第一回口頭弁論期日において、上告人不出頭のまま終結され、被上告人側の主張するとおりの判決がなされたというのであり、上告人が右口頭弁論期日に出頭しなかつたのは、右和解契約が締結された結果、上告人としてはその趣旨に従つた弁済をし、被上告人が右訴の取下を約したことによるというのである。そして、原審は、上告人は右判決の送達を受けた後、人を介して被上告人に右訴の取下を申し入れ、その夫が同人に対して訴の取下をすすめていたとの事実を認めているのである。
これらの事実によれば、上告人は、和解によつて、もはや訴訟手続を続行する必要はないと信じたからこそ、その後裁判所の呼出状を受けても右事件の口頭弁論期日に出頭せず、かつ、判決送達後もなお控訴の手続をしなかつたものであり、その後に、被上告人が真に右請求権について判決をうるために訴訟手続を続行する気であることを知つたならば、自らも期日に出頭して和解の抗弁を提出し、もつて自己の敗訴を防止し、かりに敗訴してもこれを控訴によつて争つたものと推認するに難くない。しかも、原審は、右和解を詐欺によつて取り消す旨の被上告人の主張は採用し難い旨判示しているのであるから、被上告人において、右和解後上告人に対して特に積極的な欺罔行為を行ない、同人の訴訟活動を妨げた事実がないとしても、被上告人は、他に特段の事情のないかぎり、上告人が前記和解の趣旨を信じて訴訟活動をしないのを奇貨として、訴訟代理人をして右訴訟手続を続行させ、右確定判決を取得したものと疑われるのである。そして、その判決の内容が、右和解によつて消滅した請求権を認容したものである以上、被上告人としては、なお、この判決により上告人に対して前記強制執行に及ぶべきではなかつたものといえるのである。しからば、本件においては、被上告人としては、右確定判決の取得およびその執行にあたり、前示の如き正義に反する行為をした疑いがあるものというべきである。したがつて、この点について十分な説示をすることなく、単に確定判決の既判力のみから上告人の本訴請求を排斥した原判決は、この点に関する法令の解釈を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべく、その違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、さらに右の点について審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)